■授業崩壊■
塾講師をはじめたばかりの頃、「授業崩壊」寸前のピンチを何回か体験した。
センセイをほったらかしにして生徒同士で遊ぶわ、雄叫びを上げる奴が出てくるわ、あれはほんと恐ろしい。このままではめちゃめちゃになる、文字通り崩壊しそうな現象を前にした時の心境は、もうほんとに崖っぷち感満点である。その度合いたるや『新しい単位(世界単位認定協会編/扶桑社/2002年)』風にあらわすならばおそらく「トイレを開けてしまった気まずさ」「若葉マークの車に同乗する怖さ」あたりを軽く凌駕し、わが身に抱く瞬間最大はかなさは「登場から2秒で打ちのめされるショッカーのはかなさ」に匹敵すると計算できよう。
講師を辞めるのもしゃくであるし、ぼくはここでリベンジ作戦に出た。自分の外見は自分でいうのもなんだが迫力とは対極にある。睨もうが怒鳴ろうが効果は期待できない。相手は小学生だとしても(書いていて情けなくなってくるにはくるが)なのだ。いわゆる偏差値も塾講師にしちゃかなり低い。ここはもう正攻法しかない。てまひま費やして「いい授業」を作るしかない。
■リベンジ■
塾講師の新人がよく言われたのは、授業時間の倍の時間をかけて準備をするのが望ましい、ということだった。1時間の授業なら2時間を準備に充てるということ。受け持ちの授業も少ない僕は、その準備に5倍以上の時間をかけた。そのほか大型書店まわりなんかもした。新宿紀ノ国屋書店、池袋ジュンク堂、神保町三省堂等を網羅、関連の書籍代が月に1万円を超えることもあった。なにしろ崖っぷちだ。
そんな生活が1年ちょっと続いた。いくらか状況は改善され、手応えのある授業も時々あったがそれでも依然、油断した回はたちまち騒がしくなった。そんなある日、その厳しさで生徒からはもちろん校舎のスタッフからも恐れられている体育会系の鬼校長から呼び出しがかかった。
「来たか? クビか?」
しょっちゅうダメ出しを受けていたし、もはやそれも怖くなかった。が。鬼は笑顔で
「お母さん方の評判もいいのでその調子でがんばってよ」
とのこと。
おお。なんという励みなことか。
もちろん、いっそうがんばることとなったのでありました。
自慢話ではないです。肝心なのはここから。
■イニシエーション■
その一連のことをふりかえると、イニシエーション(通過儀礼)ってやつだったんかなーと思うわけで。あきらかにこれがあったことで、いろんなことが自分の中で大きく変化した。授業の技術はもちろん、仕事や人間関係についての考え方とかがかなりバージョンアップされた。
イニシエーションという言葉はオウム真理教の事件もあってだいぶ響きのあやしい言葉になってしまったが、ぼくはこの視点にかなり興味がわいてくるようになった。これは、いままでやや意味不明なところがあった風習とかを説明できるキーワードになる。酒をやたら飲ませるとか厳しい旅をするとか険しい山に登るとかみたいなことから、仕事、恋愛、生活のことまでなかなかに幅広い領域をカバーするキーワードに。
イニシエーションには大きく分けて二つの種類があるという。一つは、子どもから大人へのイニシエーション、もう一つは新しい資格を持った人間になるイニシエーションだ。
前者はたとえばオーストラリアの先住民アボリジニのある部族。年頃の青年たちがイニシエーションを受ける。彼らは集団で子どもや女たちの近づくことができない秘密の場所に連れて行かれる。ここで秘密の歌を歌う、神話を教えられる、個人の名前をはがされる(名前で呼ばれなくなる)、裸になる、脅される、踊りを覚える、血を塗られる、身体に傷をつけられる、などの体験を経て、一人前の成人になる、というものがある。またアメリカ先住民の場合のように、ひとりで荒野に出て自分の運命のビジョンを探す、といったものもある。
■神話=魂の冒険についての歌■
現代社会ではそういうイニシエーションというのはなくなってしまった。だから若者は自分でそれを発明しようとする。ギャングだのなんだのを組織してしまうのは、ある意味自前のイニシエーションのようなものだ、と神話学者のジョーゼフ・キャンベル氏は話す。
アボリジニの儀式にしろ、ギャングにしろ、ふつーに考えると「何でまたそんなおかしな事をするのであるか」と思えるものだが、これはやっぱり日常のものの見方ではうまく説明できないことなのだ。聖と俗というか、ハレとケというか、そのあたりともなんか関係するのだろうか。
キャンベル氏はまた、そういったイニシエーションや神話は、人間の内面のことについて多くのヒントをみせてくれることを話す。神話は、何があなたを幸福にするかは教えてはくれない。しかし、あなたが自分の幸福を追求した時に、どんな障害にぶつかるか、は語る、と言う。あなたがある仕事をしたいのに「駄目だ、とてもできっこない」と思っているとしたら、それはあなたを閉じ込めている竜ですよ、と。ここを乗り越えるのがイニシエーションなのだ。
問題を解決する。障害、試練を乗り越える。そのへんのことを、イニシエーションという視点で眺める。神話や物語のイメージの助けを借りてみる。そうすると、それらは単なる娯楽とか学問とかにとどまらず、時にはビジネスノウハウや実用書真っ青の頼れる助っ人でもある。ぼくにはそんな感覚が年々強くなってきている。
参考
神話の力(ジョーゼフ・キャンベル+ビル・モイヤーズ/飛田茂雄訳/早川書房/1992年)
イニシエーションとしての宗教学(島田裕巳著/ちくまライブラリー/1993年)
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