■メンタル・インプレッション■
ベルカント唱法という歌唱法で発声の時に大いに大事にされているもののひとつに「メンタル・インプレッション」なるものがある。
などと専門用語っぽいものを持ち出してきたが、実は歌をやってる人ならたいてい知っている。ていうか中学校の音楽の授業あたりで似たようなことはすでに教えられていたかもしれない。が、それでもたいていの人はこれがどれだけ大事か知らない。と思う。少なくとも僕はこのやり方を知ってからかなりいろんなことがうまくいくようになった。
どんなものか。
それは、声を出す時に、これから出そうとしている声のピッチ(高さ)、大きさ、音質、要するに音そのものを詳細にイメージする、というもの。
イメージすることによって、声帯やのど、口の中その他発声に関わる身体のそれぞれの部分が自然にその音を出すのにふさわしい状態になってくれちゃうわけです。もちろん、その状態に身体をもっていくのにはたいてい訓練がいるんですが。まるで自分が体得したかのように書いてますが。
それにしても身体ってすごい。イメージしただけでそんな風に反応するのです。発声の時に声が出やすくなるコツとして「のどを広げる」「軟口蓋を上げる」「口を大きく開ける」というやり方が出回ったりしているけど、ベルカントの見方で見るとこれは良くないやり方ということに。たしかに、こうすると手っ取り早く声がでやすくなる場合は多いけど、長い目で見るとダメなようです。直接動かすのではなく、自然にそうなるのを待つ。
のどとか身体の無駄な力を抜いて、これから出そうとする音をはっきりと心で聴き、感じとると、発声に関わる身体のメカニズム全体が、そのために最も適した状態に「自然に」整えられる。イメージが身体を動かすのです。
■ダンスや舞踏の場合■
特に舞踏やコンテンポラリーダンス系のワークショップなんかでよく思うのが、
「ぶっとんでるなあ」
ということ。イメージの持っていき方が尋常じゃない。
まずは野口体操。普通、身体のイメージといえば、骨を柱にして筋肉がその周りについていて…っていう感じですよね。野口体操の野口三千三氏は、それは死体を解剖した時の身体であって、生きている身体というのはまた違う、という。むしろ、皮膚の袋の中に液体が入っていて、その中に臓器だとか骨だとかがぷかぷか浮かんでいるのが生きている身体のイメージに近いという。実際、このイメージをもっていろんな動きや体操をやってみるとけっこう違うものがある。なんというかなめらかに、しなやかになる。
勅使河原三郎(てしがわらさぶろう)氏の場合。踊っている自分を遠くから見る、なんていうイメージもあるようです。心と身体を離して、地平線の彼方、あるいは遠い小さな星の陰から自分の身体を覗く。その遠くの自分の心によって動き、踊る、というのがある。室町時代に能の世阿弥の言った「離見の見(演技する自分を外から見るもう一つの視点を自分の中に持つ)」の発展版みたいな感じだが、なんだか不思議な感覚におそわれることうけあい。
天児牛大(あまがつうしお)氏はどうか。立っている自分の両側のこめかみから想像上の線をまっすぐ水平に伸ばす。数メートル離れた左右に立つ人が、その線の両側をピンと引っ張る。自分を円の中心として、この両側の人がその円周上にいる。ゆっくり回る。中心の自分はその場で回転。円周の人はそれとぴったりに円周を動く。想像上の線でこの三人はつながっている。という遊びみたいなものだが、ユニークなのはこの次。その想像上の線をどんどん伸ばしていくと想像する。何光年とか。そうすると、ものすごーくゆっくりと身体を回しても、線の先の意識の点はもの凄く高速で動く。光速かもしれない。はええ。はええどころの騒ぎじゃない。そういう、ゆっくりと身体を動かしていても意識はもの凄く高速で動いている、という意識と肉体の緊張関係の実験、なんていうのもある。
さらに麿赤兒(まろあかじ)氏の場合。自分の身体をからっぽ、空洞であると考え、空間の方を実体と意識してみる。本来何もないととらえられている空間に、密度のある何かを想定してみる。そしてそれを、からっぽの自分の身体に流し込んでみる。「それ」に動かされる…。
おもしろいなあと思うのです。そしてほんとに、イメージしたことは仮想の世界の出来事にとどまらず、身体や動きに影響している感覚があるんです、ちゃんとやってみると。そんなところでダンスの人たちは、動きを生み出すイメージをあれこれ試行錯誤していそうだ。
■イメージは侮れない■
バスケのシュートでも、きれいに決まるところをイメージしてシュートするとうまくいきやすい。なんなんでしょうこれ。
まとにかく、そういうのってある。思い描いたものが、言葉とかにするのが難しい微妙なレベルで身体に働きかける。
平たく言うと、イメージは侮れない。
平たく言わなくても、イメージは侮れない。
そもそも誰も侮ってるわけでもないが。
ちなみに逆もある。からだの状態や動きからイメージが引き起こされるケースもある。からだと心はインタラクティブ(双方向)。
身体表現の世界は侮れない。
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